青木ゴールおめでとう!
前のエントリーで大青木になった話を書いたばかりだったので久しぶりのオオーオ、アオキ!コール嬉しかった。
でもごめんなさい。
これから書く話は以前の小青木と一緒かも。
本の通り生きるのは、まだまだ先の話になりそうなのです。
現場に行って、やはりこの話題は避けて通れない、自分の考えをキチッとまとめて書くべきだと思いました。ワタシ自身の立場や責任もあるし、一応一人でも何かを感じてくれる人がいて欲しいとの思いで書いているということもあるし・・・。
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きのうの川崎戦の話。
仲間の一人がインファイトとは「もう一緒に応援したくないから二階に行く」というので、自身思うところもあって同席させてもらった。
インファイトに関する問題が相次ぎ生理的に受け付けない、嫌悪感しかないというのが二階で応援する理由。
その気持ちは分かるけど…、と言ったきり次の言葉を継ぐことができない。黙り込むしかない自分がなんだか情けなくなってくる。
チームのために応援することが…、とも言おうとしたのだけれど肌的な嫌悪を我慢させるのも酷というもの。
こっちの論理を押し付け、説得したってそれは彼女の負担にしかならない。(そんな男は一般的にはモテない。わたしはいつだってモテたい)
階下からはいつもの応援が聞こえてくる。
そりゃ当然である。
よく考えても、考えなくても何か特別なことが起こるはずも無い。
インファイトの一件は一件として、アントラーズのために、勝たせるために、声を出すことや旗を振ることがチームの後押しに繋がると信じる人たちが集まっているのだから。
ただ様々な思いを心の中で封じ込めていた人たちもいたかもしれない。けれど、ほとんどの人たちは昨日のエントリーで示した高度な解決法をすでに自分のものとしていたようだ。
「気にしない」「気にならない」という問題の解決法である。
問題を先延ばししているだけなのは分かった上で(今この試合ではどうなるものでもない)ただ調子の悪いアントラーズを全力で応援することに集中しているように映った。
ところが、わたしが二階で見たものは考え方を改めさせるものだった。そこには普段見かけるゴール裏の顔ぶれも少なくなかったのである。早めに来られなかっただけなのか、それとも何かしらの意思があってのことなのか・・・。
今回、二階で一緒に応援した仲間は、大宮戦でもインファイトとゴール裏の同じ空間にいることすら嫌で指定で応援したという。例のときはちょうど「S」の文字の下。「なんのSだろうね、アントラーズのSかな」などと話していたら、あの文字のS・・・。厚意で手伝ったのに、ちゃんとあげろ!と怒鳴られもしたというから、その心情は察するにあまりある。
しかし、仲間は言う。大宮戦のとき指定から見ていて皆それこそ一生懸命応援している市井のサポーターたちを肌で感じられた。だから今日も指定で応援しようと思ったけれどゴール裏には来たのだ、と・・・。
オレはオレに謝って欲しいとは全然思わないけれど、一連の騒動で心を痛めている彼女のような人や会社や学校で馬鹿にされたと話す仲間たちの話を聞くと「企んだ奴らはスタジアムで直に謝れ!もしスタジアムに来ないという選択をしていたら2度と会えなくなるところだったじゃないか!」と心の底から怒りがあふれてきた。スタジアムに来ないという選択肢は問題の解決法にあるように立派な手段である。実行者たちは説明がなかったこと失敗したことすら今もって謝っていないではないか。自分のこととして受け止めざるをえないゴール裏のワタシたちが厳しい目を向けるのは当然ではないのか。
でもそれは120%あり得ないこと。彼らは今回のことで悪いとは露ほども感じていないし、それが自分たちのスタイルだから変えるつもりも必要も無いと思っている。要は無視である。あるコールリーダーの胸にはそれを証明する文字が躍っていた。
つまり、そこのところで腹を立てるのは無駄なことでしかない。改めて確認するけれど、ワタシは彼らに腹を立てたが、その怒りは所詮自分の中でのこと。この場や現場で彼らに対して考えを改めろとか批判や非難をするつもりは毛頭無い。彼らに何かを言っても変わることは絶対にあり得ないと分かっているからだ。これから観客の人数がどんどん減ったとしても変わらないだろう。(あの大きな流れを止める行為は大多数のインファイトのメンバーでも腑に落ちていないと思う。おそらくその流れを知らない、肌で感じなかった、つまり90分一緒に応援してこなかった人たちの仕業なのだと思う)
ここで言いたいのは、その彼らと同じ空間にい続けるワタシが今後どうしていくかという問題なのである。しつこいようだが前エントリーのコトバを引用したい。
もちろん試合ごとの勝ち負けも大事で選手もファンもクラブも戦ってはいるのだけれど、アントラーズならではの地域性や特徴、魅力とは何かもう一度原点に還ること。そして、その上で何が出来るか、勝敗を包み込むような大きな大きなビジョンと志を持って、今、そして未来を見据えることが大切なのではないだろうか。少なくても誰かと誰かがケンカしたり憎しみ合っている場合では無いのである。
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常に強大なものに立ち向かってきた長い歴史。そのスタイルを貫くことがインファイトなのだろう。それによって起こる奇跡とも思える歓喜の数々。そこに魅かれてファンになった人たちも多いはずだ。そういう意味でインファイトはアントラーズそのものといっていいかもしれない。しかし、そのことを知らない世代が増えるにつれ、歪みが生じているのは事実だろう。いまインファイトに憧れてファンになったという人はどれくらいいるだろうか。いまやカッコイイなどと思うことはない。なんだか「つらそう」「大変そう」というのが大半の第一印象ではないか。観客動員の問題や軋轢がある現状にあって、インファイトが描く未来のビジョンをワタシは全く知らないし、想像すらできないでいる。そんな閉鎖的な彼らと一緒にワタシは応援しているのだと考えると不安を覚えざるをえない。少なくとも一緒にされたくは絶対にない。インファイトの方々に「一般」と区別していただいてかえってありがたいとさえ思える、それがつくづく哀しいのだ・・・。
結論を言う前にあえて、その後の騒動にも言及したい。トルシーダ12の会議室に投稿されたコールリーダーの一人に端を発した例の騒動である。
果たして本当なのだろうか。
本来であれば、現場に居合わせていないワタシには本当かどうか語る資格はなく本当だとしても今までなら「またか」で通りすぎていたような事柄だった。しかし、今回は違う。FU××騒動の話し合いが続けられているまさに渦中での出来事だった。
もし本当だとしたら、これが意味するもの(ゴール裏とはただひたすらインファイトに従うために存在すること)はワタシ自身を陰鬱な気分にさせる。カシマスタジアムには真に自由な応援など存在しないとなれば、ワタシに居場所など無いとすら思える。この騒動がなければ、これまでのように「気にしない」「気にならない」というコトバを念仏のように唱えながら、時間の優しさを信じて我慢し続けていたかもしれないが…。(何も気づかずにいたが前エントリーで分かったように、我慢は問題の解決法に含まれる方法)
わたしはこれまでアントラーズのため、選手のためと言い聞かせ、本田事件の時など例え腹が立つことがあったときも我慢して参戦していた。
しかし、ゲーフラ一つ(ちゃんとした説明、ビジョンがあれば納得できること)にも気を使い、自由も失い、未来のビジョンすら見えない場所で応援し続けることが、果たしてこれからのアントラーズの選手たち、何十年先のアントラーズを応援する者たちに誇りを持って繋いでいけたと胸を張っていえるだろうか。
今はよかれと思っていることも、問題を先延ばしにしたことに他ならず、未来の仲間たちに負の歴史、ツケをまわすようなことにはなっていないだろうか。
ワタシは自問自答を繰り返し、そして答えが見つからず、今はただただ不安である。
何度も言うようだが、短期的な問題の解決法は目の前の試合を「一生懸命応援すること」である。その一方で、ワタシはインファイトなんかよりも隣の仲間のほうが天と地ほどの差があるくらい大切である。ワタシの別の仲間は1試合1試合、それはそれは大変な時間と労力を割いてアントラーズを応援している。ワタシはその仲間には頭が上がらないほど感謝している。「いつもありがとう」しかいえないので会うごとに「ありがとう」というコトバを口にしている。
いま、万が一彼らがスタジアムに来られなくなる日が来たとしたら・・・
果たして、それでも毎試合行きたいと思えるのだろうか。仲間しかスタジアムに通うモチベーションが保てない。それほど今のワタシは落ち込んでいる。あーしよう、こーしたいと夢も描けない自由の無いゴール裏にいる自分が許せないのだ。誤魔化し続けている気がする。なんのために応援しているのか分からなくなってくる。改めて問いたい。
ホンモノの熱狂空間ってなにさ。
ゴール裏の一階は特別な場所、聖地だと思ってきたけれど、本当に全力で後押しをできる場所なのだろうか。誰もがアツくなれる場所になっているのか。少なくとも、もっともっとの応援を目指しているとはどうしても思えないのだ。
前のエントリーで紹介した問題の解決法。
短期的には問題を気にせず目の前の選手たちを応援することが解決法で、長期的にはどうしていいか分からないと書いた。
たぶん、「気にしない」「気にならない」というの高度な解決法を長年の歴史の中で得とくした一般サポーターは凄いと思うし、以前と同じように応援は続けるのも凄いとも思う。そんな大多数の人格者で形成されているゴール裏は一見、いつもの光景が続くのだろう。人も集まるはずだ。
そんな仲間の一人になりたい。しかし、ワタシには出来そうもない。
ホームでも2階に行こうかな、お前も・・・と相方に言ったら、「バカかアンタは。●●(仲間の名前)や皆も楽しみに来てるのに出来るわけないやろ!今までどおりでいいねん」と一刀両断で却下された。そして「バカインファイトなんかほっとけって」と付け加えたのである。
・・・分かってらっしゃる。
それでも、とワタシは考える。問題は未来へとつながっているのだから。
今回のような問題は必ず起こる。このままでは何度も何度も起こる。インファイトにしか顔を向けないクラブに期待するのも全くの無意味である。いろいろ考えた上で、また考える。
本当に先延ばしにしていいものなのか。
こんなとき、大青木ならどんな行動を起こすだろう。わたしは足りない頭を振り絞って一生懸命想像してみた。そして、結論が出た。
「あ、じゃあ僕がコールリーダーをやりますんで」
あのときの話し合いにいたなら、そう言っていたろう。
「太鼓やる人いない?じゃあそれも僕やりますんで」
さすが青木である。そんな姿をワタシは想像してみる。
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CCBみたいだった。
今後はどうするか、どうしていきたいかまだ分からないけれど、ワタシはロマンチストなのでこれからもロマンティックな夢だけは誰かに止められることなく見続けていきたい。
という結論しか出なかったことのあまりの申し訳なさに頭を抱えつつ、カシマスタジアムに自分の居場所はあるのか、ないのか、諦めずに考え行動の一助となるようなアイデアを提供していきたいと思っている。
今回の騒動で、変わらないものに変れといっても何も変わらない。ってことだけは分かった。
では、そこから何をしたらいいのか。
例えば、普段使いの出来る、おしゃれなエコ鹿バッグ(今のじゃなくて)。そのデザインを募集するコンテストをインファイトでもない一般サポが企画しクラブに商品化を提案していく。とか、そんな小さなアイデアからだって突破口を開ける気もしている。まさかエコバッグにまでインファイトから作るなと言われることもないだろう。何もゴール裏とは関係無いと思うかもしれないが、そのバッグを手にしたときのことやチェリオで当たり前のように見かけたときのことを一瞬でもいいから想像してみてほしい。アントラーズ発信の地域貢献、ないがしろにされてきた地域密着も取り戻せるかもしれないのだ。
要は、切り口次第。インファイトと敵対する行動は意味が無い。それ以上のことを自分たちがすればいいだけ。諦めることなく、前に進む勇気を持とう。
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そして話は戻る。
川崎での2階ゴール裏は、思いがけず雰囲気がよかった。立つもの、座るもの、声を出すもの、出さないもの、立つものに怒るものに、得点しても微動だにしないもの、見やすいためか、1階よりもピッチでのプレーに忠実なビビッドな歓声が響き渡る。なんだ、同じゴール裏だけどこういうのもアリじゃないかと思った。相手の声援も向こうのエンドレスのコールはBGMにしか聞こえなかったけれど得点後の歓声やスタジアム全体を包み込むような熱気には正直威圧感をひしひしと感じざるをえなかった。それはゴール裏だけでは作り出せないもの。声を出して飛び跳ねることだけがホームの雰囲気を熱狂的にするものではないのである。やはり観客が増えることでマイナスになる要素は何もない。(あと、試合の終盤に階下の空気が変わったように感じたけど何かあったのかな)
もしも今後、ゴール裏から移動したときには、
応援文化とは何か、考える機会も増えてくると思う。
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