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2008.05.31

選手とインターネット

ある機能が便利で最近mixiを利用する機会が激増している。
ほとんど依存状態といってもいいほどだ。

ふと思った。
選手もmixiをやるのだろうか。
仲間内だけで閉鎖的に利用するのも可能だから無い話ではないと思う。
いろんなトピがあったりして。

例えば…、

  • なんでも雑談トピ
  • オリベトピ
  • 悩み相談トピ
  • 初めましてトピ
  • 鹿島のここが好きここが嫌いトピ
  • 飲み会のお知らせトピ
  • 元鹿トピ
  • ジーコ像伝説トピ
  • お歳暮必須な諸先輩トピ
  • 寮の食事メニュートピ
  • 今日もいた?ヘンなファントピ
  • カードの出ないシャツの出し方トピ
  • アシュケ~トピ
  • イケメン系VSカワイイ系トピ
  • 半袖手袋ってどうよトピ
  • 挑発したらキレる選手トピ
  • ディズニー行こうよトピ
  • 女優トピ
  • 似顔絵描こうよトピ
  • 世界の銅像トピ
  • ビッグマウストピ
  • 面白かった本とビデオトピ
  • セレーゾとボランチの夕べトピ
  • 青木くんちの本棚トピ
  • 居酒屋レシピ教えろトピ
  • お説教ですよmixi出張トピ
  • 確変連チャンせんといかんトピ
  • 波ある?トピ

明らかに誰が立てたか分かるトピもあるが、マメにチェックして書き込まないとパスが回ってこなかったりして。

んなわきゃあないか。

それにしても選手たち、ちゃんと休んでるかなぁ。
最近本を読んだりいろんな経験からようやく分かってきたけど『休む』って体よりむしろ脳のほうが大事だったりする。
いかにして脳にストレスを溜めずリフレッシュさせるか。
そのためには周りも大事。疲れた人みると自分も疲れたと感じるのは、実際感じるだけでなく、脳から伝染して疲れてしまっているというのだ。

考えてみれば、船山や大道もそうだったのではないか。うまく脳内をリフレッシュ出来ずグズグズの人間関係をよしとして、自分さえよければいいと楽なほうへ逃げたのではないか。

無理をしてでも周りのことや大義を考え行動してみる。
そうすると、いずれいい方向に自分にも跳ね返ってくるというから、チームのためにもきちんと反省してほしい。

無口なイエスマンほど、後から影で文句を言ったり腹にため込んだりする。

チームのために怒ったり疲れてるのに声を張り上げたり、ちゃんと意見を言う、そんな本田みたいな選手が増えてくれるといいなぁ。

我慢だけでは活性化しない。
やっぱ闘ってなんぼ。

2人には誰よりも声を出す選手になってほしい。
mixiやってるなら、
『ぼくらがチーム盛り上げますトピ』でひとつ。

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2008.05.26

処分

ずっと彼らの起こしたことを考えている。

事故とは性質が違う。酒を飲んで車を運転したのは自らの意志。どんな事情があるにせよ自分で判断し酔っ払いとしてハンドルを握ったのである。

そんな彼らにクラブが処分を下した。
謹慎3ヶ月だそうだ。

今季は顔も見たくなかったのに、試合に行きさえすれば見てしまうかもしれない。
軽いか重いかは別にして、彼らは夢を与える立場で社会的影響力もある人間たち。

クラブには身内だからという意識で軽くしたと思いたくないし、それは選手のためにもよくないことだと当然自覚していると信じたい。

仕事の経験からいうと、何か問題が起こった時ほど人間性や組織の体質がはっきりと出るもの。

そんなとき大抵の人間は、まず力の強いものの顔色を伺い、
ちゃんと向き合わなかったり、常に言い訳や逃げ道を探したりといった行動をとるケースがほとんど。ただ沈黙し、知らんぷりをして責任を放棄する者たちも多い。

痛みが伴うのを承知で、正面切って問題を受け止めて闘おうとする人が驚くほど少ないのである。

しかし最近、その一つが珍しくあった。

浦和ガンバ戦の暴動における、ガンバフロントの対応である。
浦和の対応が誤魔化しがあったりサポーターにおもねる最低の部類に入るものだっただけに余計際だっていた。

問題のすべてを真正面から受け止め、冷静に分析した上で公の文書として公開。嘘や言葉のマジックで誤魔化そうとはせず、包み隠さず真摯に真相を突き止めようとする姿勢。

再発防止に尽力しようという強い意志にあふれた組織に感動すら覚えた。とても勇気のいることで勇敢だった。

素直にスゴい。
こんな組織が運営するチームならこれから何があろうと地肩の強い素晴らしいクラブに成長していくはずだ。

そんなガンバにはあるもので
アントラーズにあるかどうか不安なものがある。

それは、
傷口をさらけ出し向き合う覚悟である。

1.こういうことがあった。
2.きちんと調べ、不利益になることもすべて公開した。
3.二度と起こらないようにこんなことをします、していきます。

この3つを何よりスピードを持って押し進めたガンバのフロント。
このスピードは、生々しい傷口をさらすことを厭わない覚悟の現れでもある。
そして、これが結果的にファンの心配を解消し急速に傷口を小さくしていったのである。

クラブとしての信念や理念を肌で感じさせるものでもあり、これからどんな処分が下ろうともファンは離れないしチームの屋台骨も揺るがないはずだ。

ひるがえり、アントラーズ。

ゼロックスの乱入事件では
処分が遅れるなど、今もクラブの対応への不満を抱く人は多い。
このとき、クラブはアントラーズを愛するファンの方向に顔を向けてくれていたのだろうか。疑問に思うことすらある。
処分発表の文書には『誤魔化し』の匂いや『すっきりしないもの』を感じた人も多いと思う。

残念ながら、今回の2選手の不祥事にもそれを感じてしまう。

3ヶ月だろうが一年だろうが、また何かを誤魔化され、すっきりしないうちに応援しなければならないかもという不安…。

クラブには傷口をきちんと見せる覚悟を持って欲しい。

真正面から問題に向き合うことは、痛みを伴うこと。
しかし、目を背けるばかりではその痛みは消えないし何も変わらない。
2選手にもクラブにも問題を真正面から受け止める勇気を持ってほしい。
謹慎を発表して終わりじゃない。
これからが始まりなのだ。
我々に出来ることは、彼らのことを忘れずに厳しい目を向け、見守ることだと思う。

そんな目を感じながら、彼らやクラブには出来ることはすべてやってほしい。そのためにも何より大事なのは先ほどのガンバの例でわかるように「ぶれない信念(理念)」なのだ。それがあれば嘘をついたり包み隠すこともない。堂々とオープンにすることも出来るはずだ。

理解や共感を呼ぶ行動は揺るぎなき信念から生まれるもの。信念が無ければ何をすればかさえ見えてこない。権力におもねて他者や弱者の意見に耳を傾けず、世間の目を気にしたり保身に走るだけの行動はいずれ甘えや馴れ合いを生む。

その甘えや馴れ合いから、いい結果が生まれた試しはない。腐敗を生み、新種のウイルスのようにその周りに増幅。崩壊への道を突き進むのは世の必定なのだ。

それは、どんな小さな組織やコミュニティーにも通じることであり、

これまでに世界で起きてきた数多の史実が教えてくれる。

肝に銘じたい。

傷を治すスピードこそ組織の生命線。

活き活きとした若さの証明でもある。

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2008.05.21

VSナムディン@ベトナム

身内や仲間の顔を見ると、やっぱり羨ましい。

鹿島4-0ナムディン

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それにしても・・・

病み上がりの青木がなぜ一番動けているのか。

なぜなら・・・

青木は「アントラーズの宝だから」

もう、それしか理由が見当たらない。

きょうもレギュラー安泰組の体たらくは目を覆いたくなるばかり(よくいえば、疲労が蓄積しているから仕方がない)。その中で、まさに自分の手でレギュラーポジションを掴み取った青木の八面六臂かつ疲れ知らずの活躍ぶりといったら・・・。

もうね、ミスターアントラーズは青木。

これで決定だと思う。

練習に取り組む真摯な姿勢、プロとしての自覚、勝利への執念、不敵な面構え、そして何よりストイックな性格。

すべてがミスタアントラーズにふさわしい。

ライバルと思われた某選手は、この前の試合でチャンスをものに出来るどころか明らかにモチベーションを下げたガッカリなプレーを見せてしまった。もう一人のライバルはアントラーズの一員ですら無くなるかもしれない。

そんな比べるようなことをしなくても、俺は青木が好きだ。

選手もクラブもサポーターも「一つ」にならなきゃ、勝てっこない。

もっとハートを見せろ。スピリットを見せろ!

アントラーズはそういうチームだ。

そう青木が、孤軍奮闘のプレーで体現してくれている気がする。

ピッチだけじゃなく、

フロントにもゴール裏にも青木がいてくれたらいいのに。

そんな時代がくればいいのに。

PS:テレビを観て確信した。

ダニーロの髪は世界中の誰よりも伸びるスピードが速いと思う。

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2008.05.20

アントラーズの選手が酒気帯び運転だと!?

船山と大道が酒気帯び運転で検挙。

アホか。

開いた口がふさがらない。

俺が大好きな「スピリットオブジーコ」、その根幹には徹底したプロフェッシャナルの意識があったはず。これは明らかにジーコが残していったスピリットや伝統を踏みにじる行為にほかならない。アントラーズのユニフォームを着る選手として、一番やってはいけないことをした。

これが今の現状なのか?

二人には解雇でもなんでも厳しい処分が下されるのは当然だが、酒を飲んでもバレなきゃ運転していいとか、そもそも遠征前日に朝の4時まで飲んでいいとか、そんな意識がチーム全体にまん延してるのか?時差もある中、試合も立て込んでる中、体調管理には最大限気をつけなければならない時だったろう。それだけが心配だ。

二人は、大いに反省しろ。今季はもう見たくないし、勝つためにいる必要もない。これが許されるならアントラーズはアントラーズじゃなくなってしまう。とことん自ら犯した罪を悔いて出来ることはボランティアでも全部やれ。酒も辞めろ。その上でサッカー選手として万が一やり直せる機会を与えられたら、もう一回がんばれ。そのときは応援するかもしれん。

ったく、イヤなことばかり続くよ・・・

もうこの際だ、頼むから

秋田! 帰ってきてくれ!!!

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2008.05.12

何も変わっていないみたい、なエコなわたし。

4年前の例の事件。闘っていたわたしがすこぶるカワイイ。

我ながら名文だと思う(笑)

http://loveantlers.cocolog-nifty.com/ezosika/2004/10/post_16.html

おいらは、これを受け入れようと思う。

一部のしでかしたことではなく、仲間のしでかしたことである、と。
もし身近な仲間が暴走して乱入したら、
止めに入らないと言い切れる自信は無い。
むしろ、あとでどんなに罵倒されようが後悔はしなかったはずだ。

だからこそ、このような事件は2度と起こしちゃいけない。
サポーターすべてが悪者になる可能性があるし、悪者扱いもされてしまう。
少なくても身内であるはずのクラブ側にはそう見られている。
溝は決定的なものになった。
選手がどう思っているかは分からない。
分からないが溝が出来たことは間違いない。

さて、これからのこと。
サポーターが、インファイトと一般のサポをひっくるめて一丸に、
なれるのか、なれないのか。
変われるのか、変われないのか。
そこからクラブや選手との再生が始まると思う。

http://loveantlers.cocolog-nifty.com/ezosika/2004/11/2nd_vsf.html

代表の考えとして、事件は自己責任であり、
謝罪する必要が無いというのであれば、構わない。しかし、今後どうしていくのか、どうしていきたいのか、
明確なビジョンを示す必要はあると思う。
少なくともゴール裏を仕切り、かつ事件の当事者を多く抱えるインファイトには、
その責任があると思う。

なんて恥ずかしいのでしょう。(笑)

でも結局4年前と何も変わっていないということなのかなと安心できたり進歩の無さに愕然としたり・・・。それでも諦めずに自分の立場、考え方を見極めながらやってこれたことは決して無駄ではなかったと思う。

本来、ゴール裏は自由な場所なのだから行動には自信を持ったほうがいい。いろんな意見があるのは当たり前なのだから少しでも方向が違うからといって一度やろうと決断し信念は簡単に曲げないほうがいい。

と、改めて思う。

アントラーズのために。

逃げることなく、もう一踏ん張りしてみようかなと今は前向きになっている。

変わることが生きること。

人は恋と革命にために生きている。

イマドキの言葉でいえば、

「世の中に必要な悪があるなんてこと、子供たちに教えたくありません!」

そういうこと。・・・ではないな。

これは違う。

望んでいるのは、何か企むにしても「なんてことをやってくれたんだ。・・・でも気持ちは分かる」っていう行動。

すべては、時と場合。

気持ちを一つに出来れば(共有できれば)何だって一緒にやるぜ?

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2008.05.06

青木三部作 完結篇

鹿島アントラーズ、そしてゴール裏にとって
真の敵とは、愛の反対、

無関心である。

たけし

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2008.05.05

青木への手紙

青木ゴールおめでとう!
前のエントリーで大青木になった話を書いたばかりだったので久しぶりのオオーオ、アオキ!コール嬉しかった。

でもごめんなさい。
これから書く話は以前の小青木と一緒かも。
本の通り生きるのは、まだまだ先の話になりそうなのです。

現場に行って、やはりこの話題は避けて通れない、自分の考えをキチッとまとめて書くべきだと思いました。ワタシ自身の立場や責任もあるし、一応一人でも何かを感じてくれる人がいて欲しいとの思いで書いているということもあるし・・・。

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きのうの川崎戦の話。
仲間の一人がインファイトとは「もう一緒に応援したくないから二階に行く」というので、自身思うところもあって同席させてもらった。
インファイトに関する問題が相次ぎ生理的に受け付けない、嫌悪感しかないというのが二階で応援する理由。
その気持ちは分かるけど…、と言ったきり次の言葉を継ぐことができない。黙り込むしかない自分がなんだか情けなくなってくる。
チームのために応援することが…、とも言おうとしたのだけれど肌的な嫌悪を我慢させるのも酷というもの。
こっちの論理を押し付け、説得したってそれは彼女の負担にしかならない。(そんな男は一般的にはモテない。わたしはいつだってモテたい)

階下からはいつもの応援が聞こえてくる。
そりゃ当然である。
よく考えても、考えなくても何か特別なことが起こるはずも無い。
インファイトの一件は一件として、アントラーズのために、勝たせるために、声を出すことや旗を振ることがチームの後押しに繋がると信じる人たちが集まっているのだから。
ただ様々な思いを心の中で封じ込めていた人たちもいたかもしれない。けれど、ほとんどの人たちは昨日のエントリーで示した高度な解決法をすでに自分のものとしていたようだ。

「気にしない」「気にならない」という問題の解決法である。

問題を先延ばししているだけなのは分かった上で(今この試合ではどうなるものでもない)ただ調子の悪いアントラーズを全力で応援することに集中しているように映った。

ところが、わたしが二階で見たものは考え方を改めさせるものだった。そこには普段見かけるゴール裏の顔ぶれも少なくなかったのである。早めに来られなかっただけなのか、それとも何かしらの意思があってのことなのか・・・。

今回、二階で一緒に応援した仲間は、大宮戦でもインファイトとゴール裏の同じ空間にいることすら嫌で指定で応援したという。例のときはちょうど「S」の文字の下。「なんのSだろうね、アントラーズのSかな」などと話していたら、あの文字のS・・・。厚意で手伝ったのに、ちゃんとあげろ!と怒鳴られもしたというから、その心情は察するにあまりある。

しかし、仲間は言う。大宮戦のとき指定から見ていて皆それこそ一生懸命応援している市井のサポーターたちを肌で感じられた。だから今日も指定で応援しようと思ったけれどゴール裏には来たのだ、と・・・。

オレはオレに謝って欲しいとは全然思わないけれど、一連の騒動で心を痛めている彼女のような人や会社や学校で馬鹿にされたと話す仲間たちの話を聞くと「企んだ奴らはスタジアムで直に謝れ!もしスタジアムに来ないという選択をしていたら2度と会えなくなるところだったじゃないか!」と心の底から怒りがあふれてきた。スタジアムに来ないという選択肢は問題の解決法にあるように立派な手段である。実行者たちは説明がなかったこと失敗したことすら今もって謝っていないではないか。自分のこととして受け止めざるをえないゴール裏のワタシたちが厳しい目を向けるのは当然ではないのか。

でもそれは120%あり得ないこと。彼らは今回のことで悪いとは露ほども感じていないし、それが自分たちのスタイルだから変えるつもりも必要も無いと思っている。要は無視である。あるコールリーダーの胸にはそれを証明する文字が躍っていた。

つまり、そこのところで腹を立てるのは無駄なことでしかない。改めて確認するけれど、ワタシは彼らに腹を立てたが、その怒りは所詮自分の中でのこと。この場や現場で彼らに対して考えを改めろとか批判や非難をするつもりは毛頭無い。彼らに何かを言っても変わることは絶対にあり得ないと分かっているからだ。これから観客の人数がどんどん減ったとしても変わらないだろう。(あの大きな流れを止める行為は大多数のインファイトのメンバーでも腑に落ちていないと思う。おそらくその流れを知らない、肌で感じなかった、つまり90分一緒に応援してこなかった人たちの仕業なのだと思う)

ここで言いたいのは、その彼らと同じ空間にい続けるワタシが今後どうしていくかという問題なのである。しつこいようだが前エントリーのコトバを引用したい。

もちろん試合ごとの勝ち負けも大事で選手もファンもクラブも戦ってはいるのだけれど、アントラーズならではの地域性や特徴、魅力とは何かもう一度原点に還ること。そして、その上で何が出来るか、勝敗を包み込むような大きな大きなビジョンと志を持って、今、そして未来を見据えることが大切なのではないだろうか。少なくても誰かと誰かがケンカしたり憎しみ合っている場合では無いのである。

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常に強大なものに立ち向かってきた長い歴史。そのスタイルを貫くことがインファイトなのだろう。それによって起こる奇跡とも思える歓喜の数々。そこに魅かれてファンになった人たちも多いはずだ。そういう意味でインファイトはアントラーズそのものといっていいかもしれない。しかし、そのことを知らない世代が増えるにつれ、歪みが生じているのは事実だろう。いまインファイトに憧れてファンになったという人はどれくらいいるだろうか。いまやカッコイイなどと思うことはない。なんだか「つらそう」「大変そう」というのが大半の第一印象ではないか。観客動員の問題や軋轢がある現状にあって、インファイトが描く未来のビジョンをワタシは全く知らないし、想像すらできないでいる。そんな閉鎖的な彼らと一緒にワタシは応援しているのだと考えると不安を覚えざるをえない。少なくとも一緒にされたくは絶対にない。インファイトの方々に「一般」と区別していただいてかえってありがたいとさえ思える、それがつくづく哀しいのだ・・・。

結論を言う前にあえて、その後の騒動にも言及したい。トルシーダ12の会議室に投稿されたコールリーダーの一人に端を発した例の騒動である。

果たして本当なのだろうか。

本来であれば、現場に居合わせていないワタシには本当かどうか語る資格はなく本当だとしても今までなら「またか」で通りすぎていたような事柄だった。しかし、今回は違う。FU××騒動の話し合いが続けられているまさに渦中での出来事だった。

もし本当だとしたら、これが意味するもの(ゴール裏とはただひたすらインファイトに従うために存在すること)はワタシ自身を陰鬱な気分にさせる。カシマスタジアムには真に自由な応援など存在しないとなれば、ワタシに居場所など無いとすら思える。この騒動がなければ、これまでのように「気にしない」「気にならない」というコトバを念仏のように唱えながら、時間の優しさを信じて我慢し続けていたかもしれないが…。(何も気づかずにいたが前エントリーで分かったように、我慢は問題の解決法に含まれる方法)

わたしはこれまでアントラーズのため、選手のためと言い聞かせ、本田事件の時など例え腹が立つことがあったときも我慢して参戦していた。
しかし、ゲーフラ一つ(ちゃんとした説明、ビジョンがあれば納得できること)にも気を使い、自由も失い、未来のビジョンすら見えない場所で応援し続けることが、果たしてこれからのアントラーズの選手たち、何十年先のアントラーズを応援する者たちに誇りを持って繋いでいけたと胸を張っていえるだろうか。
今はよかれと思っていることも、問題を先延ばしにしたことに他ならず、未来の仲間たちに負の歴史、ツケをまわすようなことにはなっていないだろうか。

ワタシは自問自答を繰り返し、そして答えが見つからず、今はただただ不安である。

何度も言うようだが、短期的な問題の解決法は目の前の試合を「一生懸命応援すること」である。その一方で、ワタシはインファイトなんかよりも隣の仲間のほうが天と地ほどの差があるくらい大切である。ワタシの別の仲間は1試合1試合、それはそれは大変な時間と労力を割いてアントラーズを応援している。ワタシはその仲間には頭が上がらないほど感謝している。「いつもありがとう」しかいえないので会うごとに「ありがとう」というコトバを口にしている。

いま、万が一彼らがスタジアムに来られなくなる日が来たとしたら・・・

果たして、それでも毎試合行きたいと思えるのだろうか。仲間しかスタジアムに通うモチベーションが保てない。それほど今のワタシは落ち込んでいる。あーしよう、こーしたいと夢も描けない自由の無いゴール裏にいる自分が許せないのだ。誤魔化し続けている気がする。なんのために応援しているのか分からなくなってくる。改めて問いたい。

ホンモノの熱狂空間ってなにさ。

ゴール裏の一階は特別な場所、聖地だと思ってきたけれど、本当に全力で後押しをできる場所なのだろうか。誰もがアツくなれる場所になっているのか。少なくとも、もっともっとの応援を目指しているとはどうしても思えないのだ。

前のエントリーで紹介した問題の解決法。
短期的には問題を気にせず目の前の選手たちを応援することが解決法で、長期的にはどうしていいか分からないと書いた。

たぶん、「気にしない」「気にならない」というの高度な解決法を長年の歴史の中で得とくした一般サポーターは凄いと思うし、以前と同じように応援は続けるのも凄いとも思う。そんな大多数の人格者で形成されているゴール裏は一見、いつもの光景が続くのだろう。人も集まるはずだ。

そんな仲間の一人になりたい。しかし、ワタシには出来そうもない。

ホームでも2階に行こうかな、お前も・・・と相方に言ったら、「バカかアンタは。●●(仲間の名前)や皆も楽しみに来てるのに出来るわけないやろ!今までどおりでいいねん」と一刀両断で却下された。そして「バカインファイトなんかほっとけって」と付け加えたのである。

・・・分かってらっしゃる。

それでも、とワタシは考える。問題は未来へとつながっているのだから。

今回のような問題は必ず起こる。このままでは何度も何度も起こる。インファイトにしか顔を向けないクラブに期待するのも全くの無意味である。いろいろ考えた上で、また考える。

本当に先延ばしにしていいものなのか。

こんなとき、大青木ならどんな行動を起こすだろう。わたしは足りない頭を振り絞って一生懸命想像してみた。そして、結論が出た。

「あ、じゃあ僕がコールリーダーをやりますんで」

あのときの話し合いにいたなら、そう言っていたろう。

「太鼓やる人いない?じゃあそれも僕やりますんで」

さすが青木である。そんな姿をワタシは想像してみる。

みたいだった。

今後はどうするか、どうしていきたいかまだ分からないけれど、ワタシはロマンチストなのでこれからもロマンティックな夢だけは誰かに止められることなく見続けていきたい。

という結論しか出なかったことのあまりの申し訳なさに頭を抱えつつ、カシマスタジアムに自分の居場所はあるのか、ないのか、諦めずに考え行動の一助となるようなアイデアを提供していきたいと思っている。

今回の騒動で、変わらないものに変れといっても何も変わらない。ってことだけは分かった。

では、そこから何をしたらいいのか。

例えば、普段使いの出来る、おしゃれなエコ鹿バッグ(今のじゃなくて)。そのデザインを募集するコンテストをインファイトでもない一般サポが企画しクラブに商品化を提案していく。とか、そんな小さなアイデアからだって突破口を開ける気もしている。まさかエコバッグにまでインファイトから作るなと言われることもないだろう。何もゴール裏とは関係無いと思うかもしれないが、そのバッグを手にしたときのことやチェリオで当たり前のように見かけたときのことを一瞬でもいいから想像してみてほしい。アントラーズ発信の地域貢献、ないがしろにされてきた地域密着も取り戻せるかもしれないのだ。

要は、切り口次第。インファイトと敵対する行動は意味が無い。それ以上のことを自分たちがすればいいだけ。諦めることなく、前に進む勇気を持とう。

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そして話は戻る。

川崎での2階ゴール裏は、思いがけず雰囲気がよかった。立つもの、座るもの、声を出すもの、出さないもの、立つものに怒るものに、得点しても微動だにしないもの、見やすいためか、1階よりもピッチでのプレーに忠実なビビッドな歓声が響き渡る。なんだ、同じゴール裏だけどこういうのもアリじゃないかと思った。相手の声援も向こうのエンドレスのコールはBGMにしか聞こえなかったけれど得点後の歓声やスタジアム全体を包み込むような熱気には正直威圧感をひしひしと感じざるをえなかった。それはゴール裏だけでは作り出せないもの。声を出して飛び跳ねることだけがホームの雰囲気を熱狂的にするものではないのである。やはり観客が増えることでマイナスになる要素は何もない。(あと、試合の終盤に階下の空気が変わったように感じたけど何かあったのかな)

もしも今後、ゴール裏から移動したときには、

応援文化とは何か、考える機会も増えてくると思う。

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2008.05.03

大青木に学べ

挙動不審のオッチョコチョイから不動不屈のボランチに成長を遂げた我らが青木選手の愛読書にハマっている。青木から大青木になった一冊(100%幸せな1%の人々)を検証すると同時にファンの一人である私の心のありようとも照らし合わせ、今後のエコ鹿活動に役立てていきたい。

「こうでなければイヤだ」ではなく「ならなくてもいいけど、なったらいいな」 

→例えレギュラーにはなれなかったとしても受け入れる心。そう思えれば不思議な力が助けてくれるのだという。確かに一時は中後に奪われかけながら、折れないハートと変わらないプレーでレギュラーポジションを自分のものとした。

→観客が増えなければイヤだイヤだとダダをこねていたわたし。増えなくてもいいじゃない、ただ自分が心地いいと感じる熱狂とエコのスタジアム空間を実現するためにささやかな努力と遊びを重ねたい。・・・と考えれば青木になれるかな?うふふ。

「人に迷惑をかけたくない」ではなく「迷惑をかけながらしか生きられない」

→これで青木はミドルシュートをミスしても落ち込まなくなったのか。ただ図々しくなったわけではない。迷惑をかけながらしか生きられないと考えると同時に「まわりのすべてに感謝する」気持ちが大切なのだという。つまり青木はきっと「パスしてくれてありがとう」とシュートをミスした後、満男にアイコンタクトを送っているに違いないのだ。

→自分なりに解釈すると、一番ダメなのは迷惑をかけたくないから何もしないこと。なのかな。迷惑かけて当たり前。その代わり、周りに感謝しながら何か別の明日に挑戦していきたいもの。

「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句」はツキや宇宙を敵に回す

→レギュラーになれないからと不貞腐れたりモチベーションを下げることは結果的に自分自身が敵となって跳ね返ってくる。青木はレギュラーじゃないときもベストを尽くし準備をしていたのだと思う。前節の神戸戦、ツキに見放された選手がいたように感じるのは気のせいだろうか。果たして万全の準備をしていたか自問自答してほしい。

→しょっちゅう言ったり思ったりしている人も多いのではないだろうか。私もその一人である。例のFU××、文字自体はどうでもよくて失敗したことがアララと思っていたけれど、この類の事例になるのかな。そういえば、ツキはなくなってるね。自分たちに跳ね返ってくることであるならば、否定的な心持ちでいる考え方は変えていかなければならないのかもしれない。

戦わないこと・争わないこと

→「き・く・あ」の心だという。その意味するものは「競わない、比べない、争わない」。競争から落ちこぼれると即ダメ人間という価値観だけで生きるのは損。青木はライバルを蹴落とすことを考えていたのではなく、むしろチームプレーに徹する心でピッチの上に立ち続けているに違いない。自分のために生きるよりも人に何かをしてあげたい。献身的なプレーはここからきているものと思われる。

→他のチームと何かを比較して、どうこうは無意味なようだ。例えば観客が少ないから劣っている、ではないのである。参考程度に学ぶ気持ちは大切だが、少ないから失敗している、不幸だ、悪い、と考えるのは間違い。本では、「笑顔で穏やかに折り合い、分かりあって生きていくことが大事」と説いている。スポーツなのに、競わない。まるで哲学のようにも感じられるがアントラーズが今以上に大きくなるためのヒントにはなると思う。なぜなら、

戦わないで、争わないでいると、

敵がいなくなるばかりか、さらに、

「無敵」になるというのだ。

ただし敵を全部なぎ倒す「無敵」ではなく、敵を全部味方にしてしまう「無敵」。もちろん試合ごとの勝ち負けも大事で選手もファンもクラブも戦ってはいるのだけれど、アントラーズならではの地域性や特徴、魅力とは何かもう一度原点に還ること。そして、その上で何が出来るか、勝敗を包み込むような大きな大きなビジョンと志を持って、今、そして未来を見据えることが大切なのではないだろうか。少なくても誰かと誰かがケンカしたり憎しみ合っている場合では無いのである。

問題を生み出さない解決法「気にならない」

→もし「おーいシュートへたくそ」とバカにされても青木は怒らないでしょう。なぜなら「そのとおり」だと思うから。事実だから腹が立たないのだ。万が一、シュートがうまいと思っていても大丈夫。事実では無いのだがら腹が立たないというわけ。つまりどっちも気にならないから青木はシュートを打つ時躊躇しなくなったのです。(あ、これは少しウソです。たまには枠内に♪)

→問題に直面したときの通常の解決方法は3つ。1つめは戦うこと。相手と議論を戦わせ、屈服させることで問題を乗り越える。2つめは逃げ出すこと。もうこの会社ではやっていけない、とその会社を辞めることなどを指す。3つめは我慢し忍耐をし続けること。時間が経つのを待って問題を解決する(というより問題を先送りしているだけ)。

実は、この3つのほかに高度な解決方法があるという。それが、

「気にしない」=ドンマイと、

先ほどの「気にならない」という二つ。

そういえば、今回のインファイト騒動と照らし合わせると、とても興味深い。

もちろんわたしは一般サポーターなので、その立場からみたケースを列挙するが、いずれかに当てはまるという人も多いのではないだろうか。

  1. 戦うこと。→とても勇気のいる行為である。が、実際に話し合いに参加している人がいて議論を戦わせているひとがいる。圧力や暴力などの手段に屈服しないのでは大変なことですが・・・。
  2. 逃げ出すこと→ネット上に多い意見ではないだろうか。罵詈雑言を並べたて、「もう行きません、さようなら」などと捨てゼリフをはくパターンである。個人的に行かないという行動もありだと思う。ただ民間駐車場のおばちゃんの収入が1000円分減っちゃうことやもつ煮が食べられないことなど、本意ではない様々な影響があることもお忘れなく。(例えがちっちゃいですねハイ)
  3. 我慢し忍耐し続けること→本にも書いてあるがこれが最も多いのではないだろうか。かくいうわたしも、どちらかといえばその一人である。これが問題の解決につながるケースは少なく、たんに問題を先送りしているだけ、という意見はこれまでのゴール裏の騒動を振り返っても納得するしかない(笑)。

では結局、わたしたちはどうすればよいのか。

その答えが「気にしない」「気にならない」という二つの高度な解決法であり、青木のシュート話につながるような気がしている。

でもこれはとても難しいこと。問題を問題と捉えるのではなく、はじめから問題と認識しない人格を作り上げることがすべての問題の根源的な解決につながるというのだから。って、書いているほうが理解できていない(笑)。

がんばってわたしなりに解釈すると、わたしたちはアントラーズのために応援しているのであってインファイトのために応援しているわけではない、という確かな気持ちさえあれば、コールリーダーは道具(悪い言い方ですが)であり、太鼓はカラオケ(これまた失礼)であり、声は選手のいるピッチに出しているのであるから、本当に「気にしない」「気にならない」という心持ちになっていくのではないか。そんな気がする。それでも何かしたいというのなら、ただ声を合わせるのではなく自分に正直に選手が怒ったらコール中でも一緒に怒る。カウンターではコールを無視してでも「イケー!」と叫んで声で背中を押す。それで明日は間違っていないと思う。声を合わせることだけに執着するのは応援の本質を見失うことにもつながるとも思うから。声を出さずにはいられない応援。ピッチに集中していればおのずと魂の声を発することができる、と自分に言い聞かせておこう。

ま、これは短期的な問題だけに当てはまる解決法なんだけど・・・。長期的で根本的な問題の解決法となると、この考え方は3つめの「我慢し忍耐し続けること」に当てはまっちゃう気がする。だから解決法にはならない。なにしろ今回の問題はそれほど複雑で根深すぎるから・・・。

青木は本数冊で大青木になったスーパーECOな選手。

彼のように、いつの間にかわたしが思い描く熱狂的なエコ空間も実現してしまうような気がしている。わたしは100%幸せな1%の人では無い。が100%幸せだと感じられたら幸せだろうな、とは思っている。1%に入りたいとは思っているが羨ましいとは思わない。入っていなくてもアントラーズの試合を見られるだけで幸せを感じられる。だから自然に出てくる、この言葉。

ありがとう、アントラーズ。

さあ、鹿でエコろう。そのために、まずは年内にもオシャレなエコ鹿バッグを。言い続けていれば叶うというので言い続けます。

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2008.05.01

アントラーズがエコで満ち溢れていく

鹿でエコる。

この合い言葉がどんどん広がっちゃうのは目に見えてるから、とっても幸せなエコッチです。ども。

なぜそんなにポジティブなのかというと理由は簡単。

いまじゃ鉄人っていわれている青木さんがポジティブ志向になれたという本を読んだからです。
今朝の日刊スポーツに掲載されていたので試しに購入してみたというわけ。
いま読んでいるのは『100%幸せな1%の人々』という本。

→なるほどね。

この本であの青木さんは
ボールを持った途端どうしよどうしよ慌てながらゴール前まで行っちゃって挙動不審な動きをした挙げ句ヤケクソで打ったシュートが入らず泣きそうになってることも無くなったわけか。

まっ、変わったといってもプレー自体はあまり変わった訳じゃなく、シュートを大きく外しても何事も無かったようにシレーッと戻っていくようになっただけなんだけど…。

家人に読みなさいと勧めたら、パラパラとめくって食いついてきた。

『ほらぁ、あんたがイライラさせるから悪いって書いてある!』

ん?

『それはね、イライラしなければ、イライラさせる人もいなくなるって意味なの』

いくら説明しても納得せず、ついにはキレてしまい、
『いいねん。100%幸せなんて。まあまあ幸せでいいねん!』

即座に反論しようとしたが、確かにそんな気もしてきた。
なんだか本よりも含蓄があった!

恐るべし、相方である。

ぜひ青木さんと話をさせてみたいもの。他にも「スラムダンクの勝利学」などの本が紹介されていたので興味がある方は読んでみるといい。

ちなみに「100%幸せな1%の人々」は「幸せは自分次第」って本です。

今なら中後に読ませたいかな。

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SR「死ね!」発言続報

言っていないらしい。

松崎康弘審判委員長がこの日朝、西村主審に電話などでヒアリング調査をしたところ、「言ってないです。別の言葉を聞き間違えた可能性もある」との説明を受けたという。

マジかよ。

西村「言ってないです。別の言葉を聞き間違えた可能性もある」

聞き間違えたのかよ!確かに可能性はある。(あるのかよ!)

三谷幸喜の傑作「12人の優しい日本人」にもこんな聞き間違いがあった。

「死んじゃえ~!」と「ジンジャエール!」である。

ジンジャエールと死んじゃえ~がありうるなら、

「死ね」、否、「シネ」が何かしら別の言葉だった可能性を誰が否定できようか。できまい。

検証したい。

  • 「イーネ」→「このままだと、わかってるね、いーね」という意味の脅し。(可能性度30%)
  • 「いーねぇ」→「その怒ってる顔、い~ねぇ~」なんて村西監督ばりに褒めてたのかも。(可能性度20%)
  • 「イネ!」→「去ね!」どっか行けってことである。(可能性度15%)
  • 「シーッ、ネ!」→黙らっしゃい!という「シーッ」に、同上の「ネ」(可能性度12%)
  • 「シシ、ネ!」 →あっち行け!の「シシ」に、言い聞かせる意味の「ネ」(可能性度10%)
  • 「ミネ!」→ディックミネか峰竜太か・・。あるいは「ソレミルアルヨ」のシナ人的「見るね」か・・(可能性度5%)
  • 「キネ!」→臼と杵、あるいは餅・・・何かの喩えだろうか。(可能性度3%)
  • 「チネン!」→里奈のことか。彼女のマニアックなファンなのかもしれない(可能性度2%)
  • 「ジンジャエールね!」→試合後に奢らせたかったのかもしれない(可能性度90%)

他に何か可能性はあるか。まだまだ考えていきたい。

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